『キーボード・マガジン』という音楽雑誌に、連載を依頼された時の話だ。
以前に書いた『甘い作曲講座』という本は、楽譜が読めない人にも作曲のノウハウを伝えるという画期的というか無謀な本だったのだが、予想外に好評をいただいた。そこで今回はキーボードが弾ける読者、つまり楽譜が読める読者を対象に、毎回さまざまな名曲を楽譜上で分析してみようという話をもちかけられたのだ。
『甘い作曲講座』が演繹法の作曲講座だったとしたら、今度は帰納法の作曲講座だ! 理論を歴史で証明しようではないか! 温故知新! とかなんとか気持ちは盛り上がり、連載に勢いがついた。
しかし、難しいのがタイトル。T.S.エリオットは「猫に名前をつけるのは難しい」とうたったが、何であれ名前をつける作業ってのは難しい。編集者2名と喫茶店で頭を抱え、延々ネタ出しを続けた。
編集者「で、タイトルどうします?」 ヲノ「そうねえ……『古今東西の名曲に学ぶ作曲法』とか……」 編「長いですね。『古今東西』ってのもありきたりだし。」 ヲ「じゃ、同じく4文字熟語で『満漢全席』」 編「料理セミナーじゃないんだから」 ヲ「じゃあ『国士無双』」 編「それは麻雀」 ヲ「『作曲国宝』ってのは?」 編「伝統芸能っぽいですね」 ヲ「『作曲勲一等』」 編「どうも和風から離れませんね」 ヲ「『作曲の殿堂』」 編「それだと、曲じゃなくて殿堂入りした作曲家の記事みたいですね」 ヲ「発想を変えよう。『作曲エコロジー』とか?」 編「それだと過去の楽曲をリサイクルするみたい」 ヲ「まあ、そういう趣旨ではあるんだけど」 編「じゃあ『エコな作曲法』」 ヲ「『ロハスな作曲法』」 編「電気とか使わなそうですね」 ヲ「地球にやさしく、電子楽器なんか使わない作曲法。」 編「うちの雑誌の広告主、電子楽器メーカーなんですけど……」 ヲ「……。」 編「……。」
(5分経過)
編「じゃ、じゃあ逆にITとかテクノロジー寄りで考えてみては?」
ヲ「 ITかあ……。『作曲2.0』とか?」
編「意味わかりません!っていうか既に死語ですよ!『2.0』って」
ヲ「とりあえず『 i 』をつけてみるとか」
編「『 iPhone』みたいな感じで?」
ヲ「『 iComposition』とか。」
編「長い」
ヲ「じゃあ略して、『 i コンポ』」
編「時代遅れの家電みたいですね」
ヲ「……他のベストセラー書籍とか、参考にならないかな?」
編「新書みたいなタイトルで。」
ヲ「『作曲化する社会』」
編「社会を語ってどうするんですか」
ヲ「『作曲の品格』」
編「固すぎるなあ……」
ヲ「新書によくある、疑問形は?」
編「『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』みたいな?」
ヲ「『作曲家はなぜ作曲するのか?』とか。」
編「なぜ作曲するんですか?」
ヲ「え、なぜだろう?」
編「……。」
ヲ「……。」
(10分経過)
編 ダン!(テーブルを叩く)「もっと現実的に考えましょう!」
ヲ「『金持ち作曲、貧乏作曲』とか。」
編「金は関係ないでしょう、金は。」
ヲ「『不都合な作曲』とか、『ふぞろいな作曲』とか」
編「あー、そういう暴露本ありましたよね」
ヲ「『作曲の壁』」
編「壁つくってどうするんですか」
ヲ「『世界の中心で、作曲を叫ぶ』」
編「叫んでどうするんですか」
ヲ「『作曲男』」
編「どんな男だ」
ヲ「『今週、妻が作曲します』」
編「意味がわかりません」
ヲ「……。」
編「……。」
この調子でいつまでも決まらなかったので、連載は来月まで待ってもらうことになった。さてどんなタイトルになるのやら。
(2007.3.12)
(追記)結局、『作曲世界遺産』という大げさなタイトルに決まりました(笑)
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