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もうひとつの花祭り


ダンスカンパニー Co.山田うんへの音楽4作目。

あいちトリエンナーレ最終日を飾る公演となった今回の『いきのね』は、愛知県奥三河で数百年続いてきた儀礼「花祭り」にフォーカスするという、これまでになくピンポイントな課題を与えられたことで、非常に難しいクリエイションとして出発した。

こういう音楽上の「設問」に対しては、民謡旋律に西洋風の和声をつけるとか、祭囃子の一部をサンプリングしてビートに乗せる、ってのが、いかにもな「解」だ。

だが、いかんせん、「辺境」地域の素材を「中央」の作り手が勝手に借用し、「洗練された音楽」に作り変えて発表する……といったワークフローは、近現代のクラシック音楽からエキゾチカ、サンプリングミュージックに至るまで、あまりにも繰り返されすぎた。 2016年にもなって、そういった「引用」や「借用」で音楽を組み立てるのも、ずいぶん野暮な話ではないか。

そう感じた当方が選んだ方法論は、祭りのリズムやメロディから、根本の「法則」と感じたものを抽出し、再構築することだった。 この地方にしかない独特な鈴の音色。祭り囃子の旋律に頻出する2度と4度の音程。強拍と弱拍の執拗な反復による強烈な高揚感。

そうした音の特徴を濾し出して抽象化し、あらためて人為的に組み立て直して、もうひとつの「祭り」を立ち上げること。

特定の地方をピックアップすることで、「地域性」を押し出すのではなく、むしろ「普遍」を感じさせること。それが目標となった。 ある地域の祭りをピンポイントに見つめて抽象化することで、逆に、世界中どこでも、たとえばブラジルの密林でもアフリカの森でもインドネシアの島にも共通する、祭りや素朴な信仰の感情を肯定することができるのではないか。そう考えたのだ。

トリエンナーレ芸術監督の港千尋さんは、こう書いている。 「毎日が高速度で過ぎる現代都市の人間にとって、時計の針を止め、文字盤から数字を払い落とすのは夢のまた夢だろう。だが、その夢を実現するのが芸術である」

時計の針が止まり、いったいどの時代、どこの国にいるのかもわからなくなるような高揚と陶酔の祝祭空間を、一時でもご来場の皆さんに味わっていただけたならば、今回の公演は成功だったと言えるのではないだろうか。 (もちろん当方は〆切という名の時計に追われまくって、当日までヘトヘトでしたけどね…)

#音楽 #雑感

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