• ヲノサトル

[映画] ザ・ウォーク


寒い。 なにしろ地上541mで綱渡りをする映画だ。高所恐怖症の方には絶対おすすめできない、怖いほどリアルな3D映像。

観ているこちらまでビル風に轟々と吹かれているようで心底、冷えこみました。これは暑い夏の日に観たかったなー。(ちなみにアメリカ公開は昨年の9月末)

本作は、フランスの大道芸人フィリップ・プティが1974年に敢行した実話を映画化したものだ。

彼は子供の頃に出会ったサーカスの綱渡りにとりつかれ、大道芸人としての人生を選んだ。初めてワイヤーに乗った彼に師匠は言う。「綱渡りが命を落とすのは最後の3歩だ。あと少しで終わりという気のゆるみが失敗につながる」 彼は建設中のWTC(ワールド・トレード・センター)に魅入られ、超高層ツイン・タワーの間にワイヤーをかけて渡る夢にとりつかれる。そして「共犯者」となる仲間を少しずつ集め、実現に向けてプランを練り始める。 スウィング・ジャズのリズムに乗って、着々と計画を進めるこのあたりの描写はスパイ映画や犯罪プロジェクト映画のようで、わくわくしてくる。 やがて実行の日がやってくる。夜のうちにビルに忍びこむフィリップたち。だが予定外の問題が次から次へと立ちはだかり、計画は二転三転。 ようやくワイヤーの上を歩き始めるものの、ビルの両側には警官が駆けつけてくる。フィリップは「最後の3歩」を無事に渡りきり、生きて地上に戻れるのか……?

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下界を離れ、上空のワイヤーにたった一人で立ったフィリップは雲や空と一体化し、不思議なほど静かで平穏な心境に至る。 このあたりの描写は、たった一人で超深海をめざす潜水家を描いた映画『グラン・ブルー』にも似て。人間の力も知恵も及ばぬ自然の中で、何かをギリギリまで極めた者だけがたどり着く「無」の境地といったところか。 そんなフィリップは、自分の綱渡りが「曲芸」ではなく「アート」だとくりかえし主張する。だが果たして、誰もやらない突飛な行為を、それだけで「アート」と呼べるのだろうか? そもそもWTCの外見は当初、賛否両論だったと言われる。劇中でも建築の醜さを批判する声がとりあげられていた。 しかしフィリップが空中を渡った後では、目撃した人々も、目撃していない人々も、空中を見上げて「あそこで、あんな信じられない冒険が行われたんだ…」と想像することになる。 その時、彼らの目には、ビルの間を渡って行く一人の男の姿が、はっきりと見えていることだろう。そしてこのビルがユニークで美しい、ほかならぬ自分たちのビルだと、はっきり感じられることだろう。 思うにアート体験の本質とは、想像力への刺激を通じて、ものの見方を揺さぶり、人の生き方まで変えられる無限の可能性にあるのではないか。

ならばフィリップの「ザ・ウォーク」もまた、一回限りの、しかし人々の記憶に永遠に残る「アート」だった、と言って良いのかもしれない。

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