ダンス音楽ブックレビュー
「アメリカ音楽」の誕生 ― 社会・文化変容の中で
奥田恵二, 河出書房, 2005
イリノイ自警協会によると、病的で、神経を苛立たせ、性的欲求を高揚するジャズ・オーケストラの音楽ゆえに、何百という少女たちに道徳的な危機が訪れているという。[略] 大都会のみならず小さな街でも、貧乏な家庭でも、裕福な家庭でも、少女たちは、最近のダンスの伴奏をつとめるこの奇怪で、陰険で、神経症的な音楽の犠牲になっている。
- 1922年、ニューヨーク・アメリカン紙の記事より
大衆音楽や芸術音楽といったジャンルを横断し、建国から現代に至るアメリカ音楽の歴史を総括する骨太な一冊。
著者の専門がクラシック音楽のせいか、ロック以降のポップス、とりわけ現代のダンスミュージックについてはさほどふれられていない。けれどもそれらについては、既に多くの文献がある。それよりも本書は、建国前後からジャズ誕生に至る「創世期のアメリカ音楽事情」にフォーカスしているところが値打ちだ。
第1章でふれられている先住民の話が興味深い。
19世紀末、ネイティヴアメリカンの間に広まった「ゴースト・ダンス」。それは「抑圧者たちはいずれ消え、自分たちの世界が復活する」という予言に基づき、反復するリズムや輪舞によって忘我のトランス状態に入るというダンス=儀式だ。
しかし、そのあまりの盛り上がりに危機感を持った白人たちは、銃弾による大量虐殺でこのダンスを絶滅させてしまった。同じ被抑圧民族の音楽を起源としながらも、西洋古典音楽と融合してメジャーな音楽文化になっていった「ジャズ」とは異なり、ついに西洋文明と融合することができずに滅ぼされてしまった、幻の文化。
しかし、このゴースト・ダンスにおける「野外における集団トランス」という特徴はその後、サボテンによるトリップを試みる汎部族的カルト「ペイヨーテ」という形で再生。さらにその精神性は、60-70年代のサイケデリック・カルチャーに引き継がれていったという。
レイヴやトランスにも通じる精神性が、その後のテクノ世代に与えた影響は大きい。いったん消えたかに見えた先住民のエネルギー。その力が今なお人々を、取り憑かれたように踊らせ続けているのかもしれない。
この他にもアメリカのダンス音楽の起源について、白人開拓民のキャンプ・ミーティングや、黒人奴隷の歌や踊りが寄席演芸に収斂していった経緯など、有益な情報が多い一冊。
(2007年1月16日)