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ダンス音楽ブックレビュー

ポピュラー音楽をつくる ― ミュージシャン・創造性・制度

ジェイソン・トインビー (安田昌弘:訳), みすず書房, 2004

 

テクノ、トランス、ジャングル、ガレージでは、物語を語ることなどよりも、気持ちのいい瞬間を創造することこそが全てなのである。

 

- J. Gilbert

ポピュラー音楽およびミュージシャンについて、社会学、経済学、音楽学、美学、文学、現代思想……と膨大な文献を用いて分析論考。その学際的な振り幅の広さと、インタビューや雑誌記事まで使って描写する音楽現場の具体例とのバランスが絶妙だ。

 

著者は、ロックはたかだかこの数十年だけ流行した例外的なジャンルであると指摘する。より普遍的なポピュラー音楽のあり方は、むしろ「ダンス音楽」の方ではないか、と。こうして最終章では、ダンス・ミュージックの根拠と意義を解明する考察が展開される。

 

ロックの世界では、いまだにスターという「神話」が生産し続けられている。けれどもダンス・ミュージックの世界では、そのような神話よりもダンスという「機能」の方が重要だ。

 

匿名的なダンス・トラックという無数の音源を選曲(=エディット)して人々を踊らせる現代のDJは、スタンダード・ナンバーという無数の楽曲を編曲(=エディット)して人々をダンスさせるスイングジャズ時代のビッグバンドに似ている。

 

両者とも、安易な「自己表現」に溺れることなく、音楽の作り手と受け手をつなぐ「開かれたネットワーク」を提供する存在だ。自己表現の幻想が根強いロックよりも、そうしたダンス・ミュージックの方に、ポピュラー音楽の可能性はあるのではないか……というのが本書の結論である。

 

もちろん実際には、有名DJがロックと同様のスター神話を再生産している面もあるだろう。とはいえSNSのような「ネットワーク」「シェア」の概念が急速に広まっている今日、本書の指摘には示唆深い点が多い。

 

(2007年3月10日)

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